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約束の時間まで空きができたので、以前から気になっていた場所に足を延ばすことにした。目的地は駅から6分のはずなのだが、もう32分経過している。完全な迷子である。地図アプリは行き先や目印を的確に示してくれている。自分の所在位置がまるで不明なのである。

目指す場所は緑が多いはず。そんな遠い距離ではない。緑の目立つ場所をアバウトに目指したものの、たどり着いた場所は公園で呆然とする。広々とした敷地に萌えたつ深翠、池もある。ここでのんびりする手もあるのだが、ここまで来てしまうと、もう戻る駅の場所さえわからない。おまけになかなかの雨降りである。仕方ない。聞くは一時の恥。助けを求めることに決めた。

激しめの翠雨。公園には人がまばら。地理を聞くなら、地元地理に詳しい人ときょろきょろしていたら、目の前に端正な異国の方が立派な犬とともに散歩をしている。端正異国氏を仮ジェームズと名付け、思い切って道を尋ねてみた。彼は流麗な日本語で、「ごめんなさい、日本語がわかりません」と謝る。「でも英語でなら答えられます、英語で質問してもらえませんか?」今度はこちらが「ごめんなさい、英語がわかりません」なのである。足を止めてしまったことを詫びて、再び路頭に迷う。
樹の葉から垂れる雫を眺めながら、途方に暮れた感をかみしめる。視界に入った1人のサラリーマンに声をかける。昼休み中を利用して散歩しているのだそう。道を尋ねれば、移動するのに10分あまりだという場所に一緒に足を延ばしてくださると言う。道すがらのサラリーマン紳士は、時世の情報を絡めた観光案内までしてくださる。こちらもお上りさん気分を満喫する。
目的地までは15分ほどかかった。サラリーマン紳士は駅までの道も教えてくれた。雨のなか、限られた時間を道案内に割いてくださったことに頭が下がる。道々、気遣ってくださったことにも。

音も立てずたくさんの水滴を落とす雨は、たしか驟雨と言ったか。曇天の空から惜しみなく降りしきる。今日は名前も知らない方の思いやりに出会った。雨のなか足を止めて、答えてくださろうとした方にも出会えた。 メディアは殺伐としたニュースで賑わっている。でも、1時間弱の時間軸で傘の下、さりげなく、とてもあたたかなストロークが行き交った。しとしとと雨は降り続ける。柳緑は映える。歩き回った私の靴はびしょびしょで、約束の時間までにはまだ少し時間がある。不安を洗い流し潤してくれた恵みの雨、お茶を飲みながら、この気持ちにぴったりな雨の名前を調べてみようと思った。