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少水常流如穿石

飛行機が好きである。携帯アプリにフライトレーダーなるものがあって、今空を飛んでいる飛行機の情報がすぐ出るのである。今朝はソーダ色の空に落書きしたみたいな右往左往の無造作な線が描かれている。「乱雑な戯れのあと」と呟きながら、アプリで落書きの手がかりを検索する。かなり離れた地方で航空ショーが開催されているのを見つけた。

かなり前のことだが、毎年11月初旬になると、東の方の町でアエロバティックショーが開催されていた。運が良ければ、とてもチャーミングなブルーインパルスジュニアの演技も見られた。もちろん曲芸乗りは素敵なのだが、なんといっても演技の前や後で、“流し”で飛んでいる飛行機が素敵なのである。ゆうゆうと道もない広い空を横切る機体。距離も高さも制限がない、曲がり角さえない空の道。機体は大きな森の上を渡りながら、地上に落ちた機体の影も揺れながら流れていく。過酷なGに耐えなければならない演技を前にして、あるいは演技を終えて。そんな負担などこちらには少しも感じさせずに、実にゆうゆうと機体は飛ぶのである。

技を磨き、披露するために乗り越えた道、そこにかけた時間、執着に近い情熱。美しいものの裏には、不揃いでばらばらな色の石を敷き詰めたような道がある。時折危なっかしくやっとやっと積み上げたような石の塔が見える。また飛行機見に行きたいなあ。見上げた太陽が眩しい、足元は寒いけれど。乱雑な落書きは消えかけている、残らないものはいつも愛しい。さて、今日も頑張ろう。
CC by Cp9asngf
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新しい年

2019年である。今年も年神さまをお迎えできた。毎年60年に1度の組み合わせの干支十干に目を通す。

今年の干支は「己亥(つちのと・い)」。「己」は真っ盛りを迎えた明るい中天の太陽、植物に例えると草木が成長を終えて姿が整った状態だそうである。「亥」は暗闇の新月を象徴、植物に例えれば葉っぱも花も散ってしまい、種に生命を引き継いだ状態とのこと。さて、そんな風に干支と十干が相反する今年、それではどうするべきかを考える。うーん、難しい。人口減少、価値観の多様化、そして働きかた改革。人材に関わる生業に求められることは、時代に合わせた個人と企業のニーズに応えることだろう。未熟を自覚して、がむしゃらに力をつける努力を惜しまないことは大前提である。そんなことを考えながら、気難しい表情のまま空を見上げる。風が強いせいか雲はなく、ソーダ色したきれいな空である。西南の遠くの空に富士山が見える。年を取ったせいか、富士山が見えるとありがたくて思わず拝んでしまう。北には冴え冴えした男体山。女峰山、白根山の白い山肌が連なる。いつも不思議に思う。高い山の頭上はいつも雲を浮かべている。「山々の深い悩み」と呟いてみる。

スピノザは言っている。受動的な思考での行動は良い結果は導かない。未来の行く末はわからない、自分たちで今の足元を精一杯生きるべきだ。今は亡い所長の椅子に「お疲れ様です」と挨拶をする。「私たち頑張ってますよ」と。所長はなにをしてもダメ出しをする厳しい人だった。けれども見守っていただいていると思うだけで、M体質の私たちはちょっと強くなれるのだ。私たちは一人じゃない。こんな未熟な私たちを頼ってくれる人たちもいる。今年も一年やれるだけの精一杯を考えて行動するのみだ。

まだ若い頃、決まってみる夢があった。目の前は文字だらけである。くすんだ白地のスクリーンに縦書きの文字が流れていく。ひらがななのか漢字なのか見定める余裕もない。ただ、ずっとそれを追っていかなくてはならないのが、私の役目なのだ。意味も理解できず、ただ追い続ける。続けて行けば「よくできました」と、ご褒美がもらえるのだろうか、怠けた場合は罰があるのだろうか、頭の片隅にそんな合理的な自分を感じたまま、目一杯だとは感じるけれど、頭の片隅の私は中途半端な妄想をはじめる。

決して早くはないのだが、定期的なスピードをもって文字は流れていく。意味など考えている暇もなく、迷っている暇もない。一時停止も、老化が始まって、処理能力の落ちたこちらの事情も汲んではくれない。「容赦ないやつだ」とひそかに舌打ちしても、こちらのことなんかお構いなしだ。

『ダンスダンスダンス』※である。考えずに反射で進んでいく。考えたら、決断力の乏しい私のこと、ステップは乱れだし、すべて放り出したくなるかもである。きっと大丈夫、できは良くなくても、きちんと文字をトレースし続ければそんなに大きな間違いはしないだろう。もうこれはほとんど馴れである。
夢から覚めて気づく。生きるって、きっとこういうことかも知れない。ある時期からそんな夢は見なくなった。

※『ダンスダンスダンス』村上春樹 著

個体のなかの宇宙

月に何人かの方のかカウンセリングを引き受けている。
会社の指示で来室される方が多く、本来のカウンセリングではないので、ほとんどの人が怪訝な顔で来室される。そりゃそうだよな、初めて会ったおばさんに、根掘り葉掘り聞かれ、応えなきゃならないと思ってくるのだ。相手の立場に立ってみたら私だってそうだ。怪訝な顔は当たり前である。
いろいろな人がいる。その人の中にたくさんの宇宙が広がっている。そしてほとんどの方が、その宇宙に目を向けず、目の前の世界と対峙している。

カウンセリングではないけれど、キャリアコンサルティングの際に、「あなたの特性はなんですか?」と伺うと、大抵の人は首をひねる。人に聞いておきながら自分だってそんなことをいきなり聞かれたって面食らってしまう。
「好きなことはなんですか?」、「気分の良い時はどんな時ですか?」これなら私も躊躇なく答えられる。うだうだと意味をつけられない時間を浪費すること、飛行機を見て「鉄の塊が空を飛んでるよ」と、可能性について考えること、ヨガで体を伸ばし、まるでTVで見るようなスタイルの良いモデルさんのような気分に浸ること、好きな音楽を流し、車の中で熱唱すること。

質問について、クライアントは首をひねりながら自分の宇宙に潜っていく、そして質問に対しての答えを、優秀なスキューバダイバーのように、自分の宇宙から見つけてこようとする。その表情がとても好きだ。自分を知ることは実は簡単である。言葉じゃなくても良い。その状態を思い起こしてエピソードまでつけてくださると、クライアントの表情はますますその人らしさを取り戻す。その人の周りの空気が光り出す。
もやもやとしたまま来室される方も多い。どんな人でも光がある。目の前で見ているとその光がとても輝いて見える。けれどもクライアントは自分では気づかない。その光を信じて一歩踏み出してほしいなと思う。きっとうまくいく、それを阻むのは恐れる心だ。一度チャレンジしてだめなら、大丈夫になる時を待てばよい。ずっとだめなら、気晴らししながら分水嶺を待てばよい。きっと大丈夫、まっすぐ進もう。その光を「自信」というのだ。

秋空

良い天気だ。ソーダ色の空、秋雲のグラデーション。初秋の空は秀逸だ。明け方の良くない夢も、空を見上げれば、今日という1日が悪くない日だと信じることができる。

雲の形と、白の濃度からたくさんのことを妄想する。空のてっぺんから、目に入る地平を眺めて、地球の丸さを確認する。

未来を描く映画では、空気が汚染され地下に潜って生活し、澄んだ空気に感動する場面などが出てくる。タイムワープをして現代に降り立った登場人物のように、深呼吸をする。

「綺麗な空だ、空気が澄んでいる、世界は素敵だ」と言ってみると、そばにいた人が怪訝な顔をする。

手を上げて背筋を引っ張り上げ大きく伸びをする。身長155センチの私が、160センチくらいになれるみたいに。 明け方に見た良くない夢を頭から振り払う。忙しくても、多少頭痛がしていても、「大丈夫、今日も良い日」と自分に言い聞かせて足を踏み出す。

さあ、今日も1日がはじまる。空はみんなの味方、私も大丈夫。今日も1日できる限りのことをしよう。会社も受講生も先生もスタッフも、父も母も誰か知らないみんなも、澄んだ空みたいな良い1日となりますように。