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感謝を期待するな


顔なじみのお客さんから連絡があって、久々に来訪している。今日の用件は、10月から就業の派遣受注である。
こちらでは総務事務さんが3名いる。弊社からの派遣の後、正職員に転換した皆さんだ。彼女たちのしっかりとした仕事ぶりが、弊社の評価を上げてくれている。ありがたい。
他にも、別部門で1名、他の部門に2名の派遣さんがいる。彼女らの仕事ぶりや今後の可能性などひとしきり確認し、こちらが把握している近況や、彼女らのささやかな要望などをお伝えし、今後のことを共有する。それが終わると自然、世間話となる。

お客さんは、週に1度、朝礼で短い講話をはじめたらしい。
先週のテーマは、「感謝を期待するな」。親御さんからの教えだそうで、「なにかやってあげると、無意識に感謝を期待しちゃうじゃない? でも、それじゃなかなか成長できないと思うのね」。そうですよね、でもついつい期待しますよね。「やってやったのに、なのになによ」とか、ついつい思いがちですよね。それで、なんだかモンモンしちゃうんですよね。最近の自分を省みながら、相槌を打つ。

話題は収束しないコロナの話に移行する。
「気が抜けないよね」「ひたひたと、音もなく近づいてきている気がするんだよね。」
リスク対策や、最悪の場合の想定、考えるべきことを洗い出していると、「眠れなくてさ、体重が5㎏減った、参ったよ」。百戦錬磨の偉い人は、ひっそり不安を打ち明ける。
起きていないこと、可視化できないことに思いを馳せるのは心痛だ。解の正しさが確認できない。組織規模が大きくなるほど、自然、リスクも不安も大きくなる。…うーん、恐ろしい、想像するだけで胃が痛む。
実は…と切り出す。うちもはじめて感染者が出たんですよ。こそこそ声でひっそりと開示する。「えー?! 大丈夫だったの?」幸い、盆休みで。他者との接触も殆どなくて。でも、気が気じゃなかったですよ。感染経路と今の症状、そして経過、それぞれの行動確認。どのタイミングで誰と誰が接触したかをヒアリングし、関係各所に連絡を入れて。待機している時間は心底怖かったです。
自分のことも。いつ誰と会ってどこへ行ったか? あれほど真剣に振り返ったことは久々で。生きた心地がしなかったですよ。思い返すだけで肝が冷えます。「そうだよねえ」

接触感染とか、空気感染とか、ウイルスのことや対策だって、報道されている情報頼みだ。専門知識は殆どない。わからない相手との戦いだから不安は尚更大きくなる。
明けそうで明けない、期待を持たせてひっくり返す、終わりがちらつきながらも長引いている繰り返し。状況は揺さぶりの連続で、心が諦めや絶望へと追い込まれていく。

先日、家人に付き添い、総合病院に行った。ビニールガウン着衣の受付女性に、消毒と検温を指示された。受付がすいてくると、受付女性は見えないところで、水筒の水をすごい勢いで飲みだした。そうだよなあ、真夏日にそんなもの着ていたんじゃ暑いよなあ。ドアが開くたび、外気が入ってくるんだものなあ。 ドクターも手袋をして二重マスクにフェイスシールド。年配の患者さんは、耳の遠い人も多いだろうし、診察は不自由そうだ。感染リスクは最大限考慮、不自由だけれど対策は万全、決して低くはないハードルをいくつもクリアして、たくさんの患者さん診療をこなしている。すごいなあ。ウイルスとの戦いは一体いつまで続くのだろう。
大きな覚悟を内包した人々が支えている医療現場。感謝とエール。そんなものしか手持ちがなくて、見えないものしか差し出せないけれど。

見えないものは怖い。ウイルスだけじゃない。最近こんな戦いが増えている気もしてくる。頑張っているつもりで見えない成果。直面する能力不足。フェイスシールド越しのように見えにくいくぐもった視野、苛立たしさが足踏みする。状況や、他者や自分の感情が見えきっていない気がしてくる。
進捗がわからない戦いは、いたずらにエネルギーを摩耗する。心がすり減る。穴の開いた袋に入った水が為すすべなく零れだしていく。だらしなく垂れ流されていく。だめだだめだだめだ。項垂れるな、ちゃんと前を向け。負けるな負けるな。こんな気持ちに支配されるべきではない。

「感謝」に関するネット記事を思い出す。「神棚や仏壇に手を合わせるとき、神前だからってカッコつけて良い子のふりをする必要はないんです。素直になって嫌だったことを吐露した方のが良いのです」
「今日も頑張ります。昨日、3つくらい意地悪を言いました。3つ言ったらダメ子ですね」
不思議なもので気持ちが少し軽くなる。正論に囚われている自分に気づく。大丈夫、まだ何も起きていない。気にしすぎない方が良い。いやいやそんな無防備でどうする、と、誰かの説教に言い負かされそうになるけれど、聞こえないふりを決め込む。
できることしかできない。考えたって仕方ない。第一今は、考える時じゃないんだ。自分で自分を締め付けるなよ。ちゃんとしなよ。そのためには明るくいなよ。まずは小さな心を大きくする努力をしろよ。

 お客さんの話は続いている。
「それでね、『感謝を期待するな』って話のあとにさ、管理者がミスしたんだよ。部下の子たちも対応に追われ、面子的な面でも嫌な思いをしたと思うよ」
そうだよな、身の回りでそんなミスが起きたら私だって怒る。ものすごく。
「でもね、あいつ部下の子らには謝らかったらしいんだよ、上長には頭下げに来たのにさ」えー、それってひどくないですか。
「でしょう? だからさ、今日の講話は『感謝を期待しない』じゃなくて、『謝罪と反省を期待しない』にしたんだよ」え? 「あいつ、顔を引きつらせて聞いていたよ。最高の嫌みでしょ」…笑ってしまった。
「管理者も、これで行動も部下たちにもちゃんと向き合ってくれると良いんだけどな」。お客さんも笑う。睡眠不足の体は、ちょっとしたことでハイになる。取り立てて愉快な話ではないのに、ひとしきり堰が切れたように笑い合った。


笑いって最強だ。ほんの少しだけれど、少し楽になれた。負にのまれちゃだめだ。負けそうなときは面白いことを見つけよう。明るさを忘れちゃだめだ。勝てなくても、進まなくても、考えないでいるって時には良いんじゃないか。
入道雲がもくもくしている。でも夕立はまだ来ない。心配するまでもないだろう。
明日も誰かの話が聴きたいな。小さなことで笑いあえたら良い。小さくて硬くなりがちな心を開放して、少しほんわり膨らませてあげよう。