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イート イット 那須高原

久々に友人と遠出をする。

なんとなくの仕方なさで受け取っていた同調圧力、けれども親しい人とお出かけしたい潜在的・圧倒的欲望。「どこか行きたいね」と呟けば、あっという間に行先が決まった。
行先は那須高原。
女子2人。遠出のランチに浮かれ切る。遠出するのに、レストラン以外行きたい場所が見つからない。ランチしてとんぼ返りして、まるでガソリンを撒き散らかすだけのようなスケジュールである。もったいない。
せっかくだからもっと上って、恋人の鐘でも鳴らしてくるか「なんでわざわざ」。そうだよね。でもカップル見物も楽しいかもよ。
「最近美味いもの食べてないよね。ここ1週間、私、セブンのおにぎりと、時々“岩下の新生姜”のおいなりさん」。お互い、ここ最近の昼食は粗食そのもの、ほぼ炭水化物だったことを確認する。お年頃の私たちなので、豪華な食事はくまなく腹部に蓄積される。
私の体躯をちらちら観察して、友人はマウントを取って来る。ほぼ毎日ジム通いをして、体脂肪率が変化していることを誇らしく披露する。でも今日は肉! 奮発して良い肉!!」


「ねえ、一緒にゴルフやろうよ」やらない。「なんで?」、日焼けするから。「おいおい、そんな色して今さら言わないでよ」。でもやらない。「なんで?」外は好きじゃないし、歩きたくない。「だから痩せないんだよ」。…中年らしい会話のテンプレートだ。
そもそもなんで今さらゴルフなわけ? 「新しいコミュニティが欲しいじゃない」じゃあどんどんやれば? 「ひとりじゃ嫌なんだよ、一緒にやろうよー」えー、面倒くさい。「だいたいさ、面倒くさいって言葉は老化のはじまりだよ。ますますどんどん年取るよー」とらないよ、ぴんぴん120歳まで生きるんだもん。まだまだ序の口。
今日のお店は一流だ。待合室で、店員さんに恭しくメニューを聴かれ、目の隅で、最低価格の“販売終了”を確認し、身分相応、低価格2番目の肉をオーダーする。

 肉を堪能し終えた頃、店主がやって来る。
「本日はありがとうございます。楽しんでいただけてますか?」はい、十分に。お肉だけではなく、立派なお店ですね。「宜しければ、ご来店のきっかけを教えていただけますか?」テレビ番組で見ました。N川M子さんが出ていたかな。美味しそうだったし、なによりとても楽しんでいらっしゃる様子だった。私は初めてだけれど、彼女は何回か来ているみたいですよ。
そんな話をきっかけに、彼女が来店した時のエピソードで盛り上がる。お子さんが小さかった時の家族旅行、それよりずっと前の元カレとのデート、結婚する前のもろもろロマンスの話。
知ってる話も、初めて聞く話もある。そうだよね、40年のつきあいだもの。お互い色々あったよねー。お互いそこそこ頑張ってきたよね。話をしながらも、彼女の視線は他の客を興味深く観察している。私も、今、個室に案内されているのは、芸能人だったりしてなどと、ひっそりミーハー気分を満喫する。

「来店していただいたきっかけは?」店主の挨拶を考える。
彼は、各テーブルを周って各人に感謝を伝えている。初見と見られる客には、来店のきっかけを尋ねている。良い方法かもな。今後の分析材料にもなるし、フィードバックも得られる。今後の広報対象の選定にもなる。既存客から薦められたとなれば、今後新しいコミュニティの発展にも繋がるかも知れない。こちらの感想や要望を差し出せば、お互いを深く知る機会にもなるし、お店の理念なども聞けるかもしれない。
これをウチで応用するとしたら、誰にどんな問いかけができるだろう。
友人の関心は、背後の席の全身ヴィトン紳士に移っている。おいおい、そんなにはっきりチラチラ見てたら、相手に気づかれちゃうじゃない。「あなただって、さっきから個室の方ばっかり見てるじゃない」。へへへ、お互い中年おばちゃん丸出しじゃない。お行儀も礼節もあったもんじゃない。でもなんだか楽しい、なんだかすごく英気が出る。

ねえ、もっと昔の話を聞かせてよ。武勇伝もっとあるでしょ。友人は勿体つけてなかなか話さない。
次はどこ行く? え? グランピング? グラマラスなキャンプ? なんだそれ、元気だねえ。え、一緒に? 嫌だよ、私、外でなんか寝たくない。「外でなんか寝ないよー」。
グランピングの素晴らしさを、目の前で友人は力説する。なにが悲しくて、自分で肉焼いて食べなきゃならないわけ? しかも外で。熊出てきたらどうするの。私たちが獲物じゃない。「おバカねー、そんな脂肪たっぷりのマズそうな肉、価値なんかないよ」友人は持ち前の雄弁さと笑顔の魅惑で、私の反論を覆していく。

初秋を迎えても緑の名残はまだ豊か。これから間もなく少しずつ赤や黄色に色づいていくのだろう。ひと月もしたら葉を落として、また違う美しさを纏っていくのだろう。


那須と日光、地元の観光地それぞれの魅力について、1番良いと感じる季節について、話題はくるくると移っていく。今度購入したいと思っている車について、ご主人の定年が近づいている不安と生活スタイルについて。彼女の状況やこれからのことなど、いつだって彼女の考えていることは新鮮で豊かだ。寒天みたいに萎んでいる私の感性には刺激的で、若々しい弾力で元気にしてくれる。
しかしなんだってそんなに顔がツヤツヤなのよ? 「当たり前でしょ、美容には気をつけているから。朝は一杯の白湯からはじまって、そば蜜をスプーン一杯、そのあとスムージー。いい加減、あなたもちゃんとしなさいよ」。へえへえ、善処します、そのうちに。「そのうちなんて来ないからね、年を取るのはあっという間なんだからね、つまらない女になったら、会ってなんかやらないからね」。なんでそんなにいつも上目線なわけ(笑)? 
再びゴルフの勧誘がはじまる。友人はゴルフの素晴らしさを熱弁する。なにが悲しくて、小さなボールを棒で引っぱたいて、追いかけまわさねばならんのだ。 「ゴルフはね、人生と一緒で思うようにならないの。だから奥深いの」思い通りにならない葛藤など、日々飽きるほど満喫させていただいている。全然楽しくない。
優雅なスポーツかも知れないけれど、せっかちな私はそのうち手でボールを放りはじめ、投げたボールを見失って、探すのにうんざりして、途中退席するのがオチだ。
思いつきや無計画は得意な方だし、ゴール設定だっていつだって具体性に欠ける。いつまでも漠然の海、初秋のグリーンを思い浮かべて、途方に暮れる自分の絵が見えるようだ。苦心して掲げたゴールでさえ、気を抜けば絵に描いた餅になりそうになる。カップを横目に、いろんな自己都合を繰り出して放り出してしまいそうだ。
きゅっと引き締まったウエストを夢見て、1年前に通い出したジムだって、月に1度行けるか行けない状態なのだ。この調子だと、帰りの車中でも熱心なプレゼンが続くだろうな。魅力的な熱弁をことごとく屁理屈で論破してやろう。気安いっていい。一緒にいるのが楽しい。「胃が痛い」が口癖になっている毎日を彩ってくれる。
キャディならやってあげるよ。あなたの思うようにならないなんやかやを、思う存分見守ってあげようじゃないの。「うーん、性格悪すぎる!!」

もうすぐ14時だ。挨拶してくださった店主は、空いたテーブルの片づけに入っている。ごめんなさい、もうすぐ帰ります。窓辺になっているこの実はブルーベリーですか? 「いえいえ、ブルーベリーじゃないんです。南天の変わり種なんですよ」
明日からまた仕事頑張らなきゃだね。さてさて、御用邸チーズガーデンでも寄って行こうか。
可愛い大粒の赤紫が、微笑ましい友人との休日を見守ってくれている。