DXとはデジタルトランスフォーメーションの略語である。
デジタルまではわかるんだけど、トランスフォーメーションとなると、ロボットアニメの合体シーンしか思い浮かばない。イメージ先行から抜け出せない少々硬直した脳みそなんである。
そもそもDXってさ、紙の請求書をデータで保存するって理解だったんだけど。しかもなんだか最近リスキリングとセットで語られること多いじゃん。何をリスキリングするのさと調べれば、なんだかとってもぼんやりしていて、もうそこで迷子なんだよ。
都心でSEをやっている息子を捕まえて質問しまくる。
AIはなんとなくわかるけど、とっても便利だと思うけど。チャットGPTのこと言ってるの? あれ、便利だよね。単語入れればいっぱしの文章に仕上げちゃって、行間までちゃんと読んでるレベルだよね。
それにさ、ITとなにがちがうの。もっと言えばICT、お前が小さい頃はOAだったんだぜ。よくわからんのだよ。あんまり的が外れていると恥ずかしいじゃん。だから基本的なことをあなたに確認しておいてから、動こうと思ってさ。
お昼おごるから出てきなさいよと、2人で神保町にいる。
通りすがりの串カツ屋である。
割り勘はしない。だが、気を遣いあうのはお互い面倒。じゃんけんか、遅れてきた方が支払いを受け持つ。以前は懐事情を汲んで、お互い安価なメニューから選んでいた。いつからか、ちょっと良いものを勧めるようになった息子。社会的な大人度を示されているようで頼もしい。安価なささみカツを横目にちょっと値のいいミックスフライを頼む。お子様ランチみたいで嬉しいんである。
ソースは提供されず、何種類かのオサレなお塩と醤油しかない。都民はとんかつを塩で食べるのか? 気に入らないな。「あのね、お母さん。今日は文句多いよ」あらそう?
DX人材を募集したい。できれば若い人。そういう人に秘書もやってもらえると、なんか私嬉しいんだな。でもさ、業務内容になんて書いていいのかがわからないのよ。
どんなことをやってほしいの?
えーとね、これをやるためにはこういうことが必要とか、計画をぱっぱとイメージ化してもらえたり、マーケティングっていうの? 対象はこのSNSで呼びかけるのが効率良いとかさ。「他には?」なんか、ちゃっちゃと私が考えていることを図示化してくれるのが、一番有難いのかな。「あのね、お母さん、それはDX人材というよりITコンサルタントだよ」あらそうなの。「いっぱいお給料払わなきゃ来ないよ」あらやだ。相場は?
息子の話によると、そういう人材はどこでも引っ張りだこなのだそう。「DXはね、デジタルを活用しようってことだから。名称をつけにくいんだよ。だってデジタルの可能性に固有名詞は付けられない。推奨している政府だって十分わかっているわけじゃないんだから、コンプレックス感じなくていいんだよ」ふうん。息子はデジタル化の急激な進歩と効用、未知数の可能性で私を諭す。「大体さ、お母さん、すごく高いスキルを要求してるってわかってる?」
やっぱりそうか。でも自分じゃできないしさ、誰かに頼むのもなんて言って良いのかがかわからない。プログラム作る人と、ネットワークに繋ぐ人、中に入っているソフトを使いこなすひと、どれもみんなマツコ・デラックスだ。「やめなよ。個人名は失礼だよ」まあさ、夢や目標を具現化してくれる能力が欲しいわけよ。そう言う仕事はなんてオシゴトになるの? 「だからそれはITコンサルタント」話はどこまで行っても平行線である。
息子と私は似ている。ちょっと世の中のことに疎くて、深読みしてしまうクセがある。それに加えて、一人暮らしが長い息子は人様に手間をかけることを嫌う。要求を伝えるのは面倒だし、黙ってやり過ごすことが癖になっている。年のせいか最近の私は堪え性がなくなってきたけれど。
何年か前にスカイツリーの下のくら寿司で一緒に食事をした。初めて見る抗菌カバーにこわごわ触ってみるけれど、カバーはびくともしなかった。取り方がわからなくて、流れてくる寿司を沈黙のまま眺めてやり過ごした。ずいぶん時間が経ってから店員さんに聞くと、思いのほか簡単に外れることがわかった。わからないことは何でも最初に尋ねるべきなのに、なんだか逡巡しちゃう癖のある2人である。
「ソースってないんですか」と店員さんに問いかける。謙虚に、丁寧に、にこやかに。息子に嫌な思いをさせないように。「あ、ごめんなさい。すぐお持ちしますね」なんだ、早く聞いちゃえばよかったね。
そうか、DXって言葉が先行していて良くわかってなくても大丈夫なのか。私だけが知らないんではないという安心感。振り返れば、最近すぐに得たがるこの「安心感」。みんなと同じが安心する。知ってるふりを装って知った顔して、こっそり調べてみるけれど、結局わからなくて、知ってそうな人に確認する。年をとっても新しいことにコワゴワ怖れる癖はなかなか抜けない。
昨日行ったセミナーのプレゼン。力のある企業はこういう表現の仕方をするのだと感動を覚えた。顧客の思いを表現できたら、すごく良い仕事ができるとわくわくしたのだ。
「思いを表現するって、すごく難しいことだよ」。どうしていいかわからなくなると、人は距離を置く。できないことを認めたくない。取り繕って隠してしまう。そうなるとプロジェクトは進まない。調整がうまくいかず、打ち合わせに時間を割くことになり、最近は手を動かす仕事が1時間を切ることもある。息子がため息をつく。どこにいても悩みは似たようなものらしい。
「どんな人が欲しいんだって?」内向的な人でいいんだ。コミュニケーション力とか望まない。「え、一番求められる能力じゃない」イメージしているのはね、能力を高めたい気持ちが強い人。個人を信頼できればそれでいい。ゼネラル的な能力はいらないの。「いくら出す気なの?」え、いくらが相場なの? 「俺が行くとしたら、大体…」あなたは欲しくない、言いたいことを言い合っちゃうから。周りに気を使わせたらまずいでしょ。「ひどいな」
でもさ、話してみて思ったけれど、自分の仕事に誇りを持てる人ならそれだけでいいや。でもさ、同町圧力の強い今の世の中、うまく折り合いがつかなかったりして、傷ついちゃう人も多い気がする。なんか本質的じゃない問題を抱えてしまって、自分が嫌いになっている人、最近多いよね。そう思うとね、ハンデがある人と一緒にやりたい気持ちがあるのかも知れない。自分の好きなことを仕事にして、それをぐんぐん深掘りしたり、縦横無尽に伸ばして行ったりして、力を発揮できる場所をつくるきっかけが欲しいだけなのかも。
息子は疲れた顔をしていた。なんて言ってやったら良いのかわからない。下手なことを言って、せっかくの休みにマイナス言葉を残したくない。そう思いながらも、誰か良い人いないの? と、一番言っちゃいけない言葉が出てしまう。もうさ、嫁とか言わないからさ、安心できる人をそばに置いてほしいな。なんなら、メンズのパートナーで良いよ。「俺が嫌だよ」あの店のカツ、得上ロースよりささみカツのが旨かったね。「俺もそう思う」上等なのがいいものだとは限らないね。体に気をつけなさいよ。
DXはやっぱりデラックスだ。思いを表現できたり、代弁したり。思っていることを具現化したりする能力。安心して話すことは、気づきを引き出してくれる。少しずつでも知識を得ていけば、思いを言葉にする魔法みたいな能力に少しずつ近づいていけるのかも知れない。努力でそれが叶うのならば、しっかり引き寄せていこう。
少し先を歩いていく息子についていきながら、寝る前に「今日はありがとう」ラインを送ろうと決める。おまえを大事にしてくれるDXをしっかり見つけてね。無理しすぎず、からだを大切に。短い言葉にそんな思いを込めてみよう。「こちらこそ」と息子は返してくるだろう。
しっかり汲み取ってね、あなたをとっても大事に思っている私がここにいるよと、強化系とか、放出系とか、思い浮かべながら問いかける。「ねえ、ハンターハンター、誰が好み?」などと息子の背中で揺れるバッグを見ながら問いかける。「クラピカかな」あなたらしいね。具現化した鎖は自分を守るために使いなね。「何言ってるの」楽しい帰り道である。
デジタルまではわかるんだけど、トランスフォーメーションとなると、ロボットアニメの合体シーンしか思い浮かばない。イメージ先行から抜け出せない少々硬直した脳みそなんである。
そもそもDXってさ、紙の請求書をデータで保存するって理解だったんだけど。しかもなんだか最近リスキリングとセットで語られること多いじゃん。何をリスキリングするのさと調べれば、なんだかとってもぼんやりしていて、もうそこで迷子なんだよ。
都心でSEをやっている息子を捕まえて質問しまくる。
AIはなんとなくわかるけど、とっても便利だと思うけど。チャットGPTのこと言ってるの? あれ、便利だよね。単語入れればいっぱしの文章に仕上げちゃって、行間までちゃんと読んでるレベルだよね。
それにさ、ITとなにがちがうの。もっと言えばICT、お前が小さい頃はOAだったんだぜ。よくわからんのだよ。あんまり的が外れていると恥ずかしいじゃん。だから基本的なことをあなたに確認しておいてから、動こうと思ってさ。
お昼おごるから出てきなさいよと、2人で神保町にいる。
通りすがりの串カツ屋である。
割り勘はしない。だが、気を遣いあうのはお互い面倒。じゃんけんか、遅れてきた方が支払いを受け持つ。以前は懐事情を汲んで、お互い安価なメニューから選んでいた。いつからか、ちょっと良いものを勧めるようになった息子。社会的な大人度を示されているようで頼もしい。安価なささみカツを横目にちょっと値のいいミックスフライを頼む。お子様ランチみたいで嬉しいんである。
ソースは提供されず、何種類かのオサレなお塩と醤油しかない。都民はとんかつを塩で食べるのか? 気に入らないな。「あのね、お母さん。今日は文句多いよ」あらそう?
DX人材を募集したい。できれば若い人。そういう人に秘書もやってもらえると、なんか私嬉しいんだな。でもさ、業務内容になんて書いていいのかがわからないのよ。
どんなことをやってほしいの?
えーとね、これをやるためにはこういうことが必要とか、計画をぱっぱとイメージ化してもらえたり、マーケティングっていうの? 対象はこのSNSで呼びかけるのが効率良いとかさ。「他には?」なんか、ちゃっちゃと私が考えていることを図示化してくれるのが、一番有難いのかな。「あのね、お母さん、それはDX人材というよりITコンサルタントだよ」あらそうなの。「いっぱいお給料払わなきゃ来ないよ」あらやだ。相場は?
息子の話によると、そういう人材はどこでも引っ張りだこなのだそう。「DXはね、デジタルを活用しようってことだから。名称をつけにくいんだよ。だってデジタルの可能性に固有名詞は付けられない。推奨している政府だって十分わかっているわけじゃないんだから、コンプレックス感じなくていいんだよ」ふうん。息子はデジタル化の急激な進歩と効用、未知数の可能性で私を諭す。「大体さ、お母さん、すごく高いスキルを要求してるってわかってる?」
やっぱりそうか。でも自分じゃできないしさ、誰かに頼むのもなんて言って良いのかがかわからない。プログラム作る人と、ネットワークに繋ぐ人、中に入っているソフトを使いこなすひと、どれもみんなマツコ・デラックスだ。「やめなよ。個人名は失礼だよ」まあさ、夢や目標を具現化してくれる能力が欲しいわけよ。そう言う仕事はなんてオシゴトになるの? 「だからそれはITコンサルタント」話はどこまで行っても平行線である。
息子と私は似ている。ちょっと世の中のことに疎くて、深読みしてしまうクセがある。それに加えて、一人暮らしが長い息子は人様に手間をかけることを嫌う。要求を伝えるのは面倒だし、黙ってやり過ごすことが癖になっている。年のせいか最近の私は堪え性がなくなってきたけれど。
何年か前にスカイツリーの下のくら寿司で一緒に食事をした。初めて見る抗菌カバーにこわごわ触ってみるけれど、カバーはびくともしなかった。取り方がわからなくて、流れてくる寿司を沈黙のまま眺めてやり過ごした。ずいぶん時間が経ってから店員さんに聞くと、思いのほか簡単に外れることがわかった。わからないことは何でも最初に尋ねるべきなのに、なんだか逡巡しちゃう癖のある2人である。
「ソースってないんですか」と店員さんに問いかける。謙虚に、丁寧に、にこやかに。息子に嫌な思いをさせないように。「あ、ごめんなさい。すぐお持ちしますね」なんだ、早く聞いちゃえばよかったね。
そうか、DXって言葉が先行していて良くわかってなくても大丈夫なのか。私だけが知らないんではないという安心感。振り返れば、最近すぐに得たがるこの「安心感」。みんなと同じが安心する。知ってるふりを装って知った顔して、こっそり調べてみるけれど、結局わからなくて、知ってそうな人に確認する。年をとっても新しいことにコワゴワ怖れる癖はなかなか抜けない。
昨日行ったセミナーのプレゼン。力のある企業はこういう表現の仕方をするのだと感動を覚えた。顧客の思いを表現できたら、すごく良い仕事ができるとわくわくしたのだ。
「思いを表現するって、すごく難しいことだよ」。どうしていいかわからなくなると、人は距離を置く。できないことを認めたくない。取り繕って隠してしまう。そうなるとプロジェクトは進まない。調整がうまくいかず、打ち合わせに時間を割くことになり、最近は手を動かす仕事が1時間を切ることもある。息子がため息をつく。どこにいても悩みは似たようなものらしい。
「どんな人が欲しいんだって?」内向的な人でいいんだ。コミュニケーション力とか望まない。「え、一番求められる能力じゃない」イメージしているのはね、能力を高めたい気持ちが強い人。個人を信頼できればそれでいい。ゼネラル的な能力はいらないの。「いくら出す気なの?」え、いくらが相場なの? 「俺が行くとしたら、大体…」あなたは欲しくない、言いたいことを言い合っちゃうから。周りに気を使わせたらまずいでしょ。「ひどいな」
でもさ、話してみて思ったけれど、自分の仕事に誇りを持てる人ならそれだけでいいや。でもさ、同町圧力の強い今の世の中、うまく折り合いがつかなかったりして、傷ついちゃう人も多い気がする。なんか本質的じゃない問題を抱えてしまって、自分が嫌いになっている人、最近多いよね。そう思うとね、ハンデがある人と一緒にやりたい気持ちがあるのかも知れない。自分の好きなことを仕事にして、それをぐんぐん深掘りしたり、縦横無尽に伸ばして行ったりして、力を発揮できる場所をつくるきっかけが欲しいだけなのかも。
息子は疲れた顔をしていた。なんて言ってやったら良いのかわからない。下手なことを言って、せっかくの休みにマイナス言葉を残したくない。そう思いながらも、誰か良い人いないの? と、一番言っちゃいけない言葉が出てしまう。もうさ、嫁とか言わないからさ、安心できる人をそばに置いてほしいな。なんなら、メンズのパートナーで良いよ。「俺が嫌だよ」あの店のカツ、得上ロースよりささみカツのが旨かったね。「俺もそう思う」上等なのがいいものだとは限らないね。体に気をつけなさいよ。
DXはやっぱりデラックスだ。思いを表現できたり、代弁したり。思っていることを具現化したりする能力。安心して話すことは、気づきを引き出してくれる。少しずつでも知識を得ていけば、思いを言葉にする魔法みたいな能力に少しずつ近づいていけるのかも知れない。努力でそれが叶うのならば、しっかり引き寄せていこう。
少し先を歩いていく息子についていきながら、寝る前に「今日はありがとう」ラインを送ろうと決める。おまえを大事にしてくれるDXをしっかり見つけてね。無理しすぎず、からだを大切に。短い言葉にそんな思いを込めてみよう。「こちらこそ」と息子は返してくるだろう。
しっかり汲み取ってね、あなたをとっても大事に思っている私がここにいるよと、強化系とか、放出系とか、思い浮かべながら問いかける。「ねえ、ハンターハンター、誰が好み?」などと息子の背中で揺れるバッグを見ながら問いかける。「クラピカかな」あなたらしいね。具現化した鎖は自分を守るために使いなね。「何言ってるの」楽しい帰り道である。